居心地を実現するための音響環境の重要性。

設計の眼001

神楽坂「葉歩花庭」の場合

 レストランなどの「居心地の良さ」は、実は、その空間の音響環境に大きく影響を受けます。目の前の人との会話は、それほど大きな声でなくても明瞭に聞こえ、なおかつ周りの他の席の会話は、邪魔にならない程度の音量として聞こえてくるというのが最も好ましい環境です。しかし、多くの例では、音響はほとんど考慮されていません。壁も天井もすべて音響的な反射材で仕上げると、遠くのお客さんたちの声が反響し明瞭に聞こえるのに対し、目の前の人とは、なぜか大声を出さないと会話にならない、ということになります。

 神楽坂の「葉歩花庭」は大変人気の和食レストランです。コース料理なので、席に着くと通常のレストランより滞在時間はかなり長く設定されています。料理を頂くのと並行して、シェフの羽深さんとの会話を交えた交流もこのレストランの楽しみのひとつになっています。

 音響環境が良く設計されている空間では、人は居心地の良さを強く感じるので、長時間そこにいても疲れませんが、そうでないと、無意識の内に短時間でそこから出たくなるのです。

 ここでは、「木毛セメント板」という建材を、天井見上げのコンクリート床板の面に張ることで、良い音響環境を実現することが出来ました。

巣鴨「ギャラリー 杜(もり)GELLERY MORI」の場合

 2022年にオープンした東京巣鴨の「ギャラリー杜(もり)」は、10年ほど前に、住宅を改造して、オーナーの趣味室として実現させた「工房(主に木工事)」(設計:今井俊介)をさらに画の展示にも使えるように手を加えたものです。

 ギャラリーのオープン後、多くは画の展示の開催でしたが、先日、何とここで劇団による「演劇」の公演が実現しました。

 「工房」時代から、内装(床、壁、天井)で、手を入れたのは、壁(構造用合板現し)の上に、可動式のパネル(白色)を内壁全周に設けただけです。これは取り外せる構造にしてあるのですが、今回の演劇では、そのままで使われました。床は杉の無垢材張り、天井は屋根勾配なりの板張りの勾配天井の上に仕上材として、全面に葦簾(よしず)を工房時代から張っていましたが、ギャラリーになっても、引き続きそのままの仕上としていました。工房時代は、木工機械の音を、どうやって軽減するかということが設計上の大きな課題であり、この仕上に吸音効果を期待して考えたものです。

 私は、観客として参加し、(小劇場としても)その程よい音響環境を確認することができ、安心しました。